2010年12月3日金曜日

一週間の記録

日曜日にパリから戻ってきた後の記録。

◎月曜日
13時からのセミナーで発表が当たっていたのだが、準備が終わらず9時からの語学は自主休講。
今回のセッションのシラバス上のテーマは東西関係だったが、正確にはヨーロッパ統合の対外的側面と対内的側面の交錯と言った方がよさそう。文献は、
・Kai Hebel & Tobias Lenz, West European Foreign Policy during the Cold War. The Twisted Path Towards Liberal Realpolitik, Draft paper prepared for the Sixth History of European Integration Research Society (HEIRS) Colloquium, 15-16 April 2010, University of Reading, UK
・Sara Tavani, CFSP Origins and European Detente: a Common European Stance on the Polish Crisis of 1980-81, Draft paper prepared for the Sixth History of European Integration Research Society (HEIRS) Colloquium, 15-16 April 2010, University of Reading, UK
の二本。HebelとLenzはOxfordの博士課程の院生のようで、Tavaniはフィレンツェ大学のPh.Dを取得しているポスドク。特にTavaniは今一番ホットな80年代の時代を扱っている。出典が明らかではないが、アメリカの一次史料も使用。
内容:Hebel & Lenz:ヨーロッパ統合(EU)のPolitical Identityが対外的な事件による共同体外部からの刺激によって60年代から70年代にかけて形成される過程を論じる。60年代は、フランコのスペインによるEECへのAssociation申請および68年のギリシャ軍事クーデターに対するEPにおける議論を取り上げ、独裁・権威主義体制に対しヨーロッパ統合が「民主主義Democracy」「自由」「法の支配」を自らの規範としていった。69年のハーグ会談においても、ブラントは自由と民主主義の価値をECが保持していく重要性を訴えている。そしてこの流れはCSCE交渉における人権条項の挿入によって確実なものとなり、EUは自らの政治的アイデンティティとして「民主主義」「自由」「人権の尊重」を確立することとなった、というもの。
Tavani:81年のポーランド危機(連帯の誕生から戒厳令に至る政治的波乱。とくに、ポーランドへのソ連の軍事介入を西側は恐れる)に際するECの対応を論じて、ヨーロッパ・デタントとECの対内的結束のリンケージを論じたもの。ポーランド危機の際、EC諸国はデタントを維持したいという目的から東側へのソフトな対応を望んだが、アメリカは対ソ強硬姿勢を取り、それをEC諸国へも押しつけようとした。ここにECとアメリカとの間に溝が生まれ、ECはアメリカへの対抗のためにSingle Voiceでアメリカと交渉する必要に迫られる。そこで活用されたのがEPCであること、またこれ以外にも、この時点でECはソ連・東欧とアメリカとは独自の通商・エネルギー関係を結んでおり、そのような関係を維持したいヨーロッパの利益とアメリカの利益は相反するものになっていた。このような米欧間の利益の不一致により、EC諸国の対ポーランド危機に対する政策は収斂していき、このような対外政策の収斂は、マーストリヒトで登場するCFSPの一つの起源となるものだった、というもの。

評価:Hebel & Lenzの論稿は、先行研究をまとめたもの(60年代はDaniel Thomasで70年代はYamamoto!)でオリジナル性はあまり感じなかった。それに加えて、EUのPolitical IdentityがDemocracyでありHuman Rightであるという議論は二重の意味で留保が必要である。第一に、DemocracyであれHuman Rightであれ、これは普遍的な原理であるのでこれを政治的なアイデンティティとする意味は一体何か、ということに注意しなければならないこと、第二に、この原則に関する法的権限に関してはCouncil of Europeの存在が無視できず、CoEとの関係を明らかにする必要があるということである。この二つの点は論点として提示した。
他方でTavaniの論稿は、とても興味深かった。デタントと対内的な政策の収斂のリンケージが非常に説得的かつ実証的に論じられ、自分の研究にとっても参考になるものだった。余談になるが、近年統合史の有力な若手研究者はイタリア出身が非常に多い。旧来の有力国フランスからはWarlouzetぐらいか。イタリアからはMigami、Romano、Gravini、のほかいっぱいいる。

セミナーの議論としては、Political Identityってそもそも何?ということから始まり、わりと活発に、時間が過ぎるのが早いくらいに充実して終われた。11月のセミナー発表を経験してか、大学院セミナーの発表にはあまり緊張感を持たなくて望めたのがよかった。自分でも、英語のセミナーに徐々に慣れてきているのを、また議論についても80%はフォローできていることを感じる。とはいっても、それだけ介入できているか、と言えばそうでもないのだが。80%で満足せず、もっと議論に活発に入っていけるようになりたい。

◎火曜日
・某科研の共同研究の出版用原稿の締め切りだったので、一日それにかかりきり。原稿自体は昨年の今くらいに出したのだが出版社の変更によっていろいろと先延ばしになっていた。今更修正もない、と言いたいところだが、コミトロジーの現状を最後の一章を割いて概略的に論じている部分が、リスボン条約の調印によってアウトオブデートになってしまい、リスボン条約におけるコミトロジー改革についてまとめる必要が出てしまった。
で、いざ調べてみると、自分がいかにリスボン条約について知らなかったかというのがよくわかった。最近はこんなんばっかりだ。
2009年末に発効したリスボン条約のコミトロジー改革についてまとまった論文もある訳もなく、と思ったら実はあって、それはなんと同じVillaに研究室を持つあのシニアフェローさんだった。最初はなんだかよくわからなかった改革の概要が、彼の論文(長さ的にはコラムだが)を読むとよくわかった。これはすごい。


◎水曜日
・大詰めを迎えている学内某共同研究の出版用原稿について、自分の論稿が予想以上に重要な位置づけになりそうなので、草稿のややシニカルなスタンスを一掃して、見取り図を描くべく修正する。結果、「はじめに」と「おわりに」のほとんどを書きなおし。その他、こまごまとした点も書き直し。これに一日仕事になる(でも一日で終わらせる)。
・家に帰ったあと、草稿の締め切りは本年の3月末で、入稿締め切りが夏休み末だった、某共著企画の原稿に取り掛かる。これはいまだに仕上げられず(本当は一か月前くらいに書き上げたのだが)、このままではイカンということで、どうしても気になる点を修正して、編者+編集者の方に深夜送付。

◎木曜日
・セミナー予習をしていなかったので、その予習を午前中にして、15時から出席。
テーマはアメリカナイゼーション
Volker Berghahn, "Historiographical Review. The debate on 'Americanization' among economic and cultural historians", Cold War History, 10(1), 2010, 107-130.
議論としては、(1)論稿において文化伝播の比喩として、高速道路モデルとターンテーブルモデルというのが出てくるが、この二つのモデルは妥当か、(2)環大西洋史、(3)冷戦史における文化、という三つのテーマで占められる。アメリカナイゼーションは、第二大戦後の西欧の社会文化変容を捉える一つのキーワードであるわけだが、それ自体は西欧だけでなく日本をはじめとする世界のあちこちで起きている現象である。特に、それが経済史・文化史においてどのような役割を果たすか、という論稿なのだが、論稿の射程もまたこのセミナーにおける議論も、結局西欧とアメリカという関係に限定してたものとなった。唯一の非ヨーロッパ人の参加者として話が振られるかと思ったが、それはなかった。もう、こっちが口火を切らないとダメなんだな。
個人的な感想としては、論稿に出てくるDeuring-Manteufelによる冷戦期のWesterniszation(冷戦的ブロックの西側内部でのイデオロギー化)はともかく、イスラムやアジアに対するWesternizationとAmericanizationの違いをどう考えるか、といった点が気になったが、どうもこのような問題は、また別問題みたいだ。基本的にTransatlanticな枠組みとそれ以外の枠組みは分けて考えるのが正しいよう(そして後者こそがGlobal History)。しかし、やはり日本人としてそれはあまり納得できない。しかし、それがこちらの学会でのすみ分けになっている以上、なにか実証的な架橋を示す論文でも示しながら反論しない限り、ただそのようなことを指摘しても興ざめになるだけなので、難しい。

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